ステレオタイプ~世論~

この記事は約10分で読めます。

サブカルに見るステレオタイプ

[質問]
ジャングル大帝は、黒人差別をしていると指摘され、それ以降、メディアで再放送されなくなった。黒人差別している箇所はわかりますか。

ジャングル大帝 (1965)
シーズン1
amazon prime video https://amzn.to/3Kw9DmF

[ChatGPT回答]
「ジャングル大帝」は、手塚治虫が1950年から1954年にかけて連載し、1960年代にはアニメ化された作品で、自然と動物の世界を描いた物語です。しかし、特に初期の作品やアニメ版には、現代の視点から見ると人種差別的と解釈される描写がいくつかあります。

指摘される差別的描写

  1. 1 キャラクターの描き方:
  • 一部のキャラクター、特にアフリカの原住民として描かれている人物が、ステレオタイプ的で人種差別的な描写をされています。これは、時代背景と文化的な感覚の違いから来ていますが、現代の視点から見ると問題とされることがあります。
  1. 2 言葉遣い:
  • アフリカの住民を表現する際の言葉遣いや表現が、現代の基準では不適切とされることがあります。これらの表現が人種差別的だと指摘されることがあります。
  1. 3 文化的ステレオタイプ:
  • アフリカの文化や住民に対するステレオタイプ的な描写や、未開で野蛮といったイメージを助長するようなシーンが含まれています。

背景とその後の対応

手塚治虫の作品は、その当時の文化的背景や社会的な文脈に影響を受けています。1950年代から1960年代にかけての日本や世界の文化的な感覚は、現代とは大きく異なっており、当時はこうした表現が一般的だった場合もあります。

そのため、「ジャングル大帝」の一部の描写が黒人差別的だとされ、再放送やメディアでの公開に制限がかかることがあるのです。

現代の視点からの対応

現代では、多くの作品が過去の文化的な感覚や表現を再評価し、適切に対応するよう努めています。こうした問題が指摘された場合、再放送時に該当箇所を編集したり、事前に注意喚起を行ったりすることがあります。また、作品自体の再評価や、文化的感覚の違いを教育的に利用することも重要です。

手塚治虫の作品は、その革新的なストーリーテリングとキャラクターで多くの人々に愛されていますが、現代の視点で見たときに問題がある部分についても、正しく理解し、適切に対応することが求められます。

※ステレオタイプ [英] stereotype

 リップマン.W.の代表的著作『世論』に登場する概念。私たちは頭の中にあらかじめ型(ステレオタイプ)をもっていて、そkに外界の現実を流し込んで理解しているのだという意味でこの言葉を使用した。リップマンはまた、ステレタイプで固められた人間の頭のなかの現実の姿を疑似環境※2と呼び、それを形成する重要な要因としてジャーナリズムをあげた。すなわち、人々は大衆化したジャーナリズムをもとに外界に反応する。歴史の中で、国家間の武力行使や異教徒の殺りくなどの残酷で悲惨な出来事は、多くはステレオタイプでゆがんだ疑似環境をもとに人間が実環境に手を下したものと批判している。 リップマンは、こうした人間の認識力の限界を確認したうえで、その克服の道として、高級教育を受けた科学者や専門家の養成に期待を寄せていた。 ◎林 香里
現代社会学事典 723頁

※疑似環境 [英] pseudo environment
 おもにメディアによって提供されるイメージから構成される疑似的な環境。リップマン.W.によって、
1920年代に提起された概念。現実の環境はあまりにも複雑であるため、人間はより単純なモデルにもとづく世界を理解しようとする。その際、自分で選び取ったあるいは他者から提供されたイメージの集合が利用される。それがステレオタイプと結びつき、世論の形成に影響を与えるとされた。◎伊藤 昌亮
現代社会学事典 243頁

キャラ/キャラクター
 比較的にカンタンな線画を基本とした図像で描かれ、固有名で名指しされることによって(あるいは、それを期待させることによって)、「人格のようなもの」としての存在感を感じさせるもの。
これは一般に「登場人物」を意味する「キャラクター」から概念的に分離されたもので、マンガ表現システムの分析を目的に提示されたものである。この伊藤剛によるキャラをめぐる議論は、キャラクターがテクスト([英語]text)に従属するのに対し、キャラがテクストから遊離し独立することを指し示していたため、図像を必ずしも伴う必要のない概念にまで、東浩紀によって拡張された。また、「キャラ」の語は、土井隆義によって、主に若者たちの共同体内部での役割の配分やそれに従ってなされる仮面のような振る舞いを指す概念として用いられた。なお、マンガなどの視覚表現を構成する要素としての概念と人々の関係性や主体のありようを示す概念は独立のものであり、短絡的に同一概念としてはならない。 ◎伊藤 剛 

(主要文献)
伊藤剛「テヅカ・イズ・デッドーひらかれたマンガ表現論へhttps://amzn.to/3Vx3QDN 
東浩紀「ゲーム的リアリズムの誕生https://amzn.to/4cezjjN
土井隆義「キャラ化する/される子どもたちー排除型社会における新たな人間像」https://amzn.to/3Xf8Jm9
小田切博「キャラクターとは何か」https://amzn.to/45iPrP2
現代社会学事典 263頁

現代社会学事典 単行本 – 2012/12/3
大澤 真幸 (編集), 吉見 俊哉 (編集), 鷲田 清一 (編集), 見田 宗介 (その他)
https://amzn.to/3X5ZWTC

ゲームの中にみるステレオタイプ

いまだに中国女性のヘアスタイルは、こぶ(団子)が2つあるイメージがあります。
ゲームのなかにも見られます。
ストリートファイター 春麗
https://www.streetfighter.com/6/ja-jp/character/chunli/outfit
まんがでは、下記の4作品のキャラクターが挙げられます。

  1. 『美少女戦士セーラームーン』のセーラー・ムーン(天王はるか)
  2. 『NARUTO -ナルト-』の天天
  3. 『キングダム』の羌瘣(きょうかい)
  4. 『中華一番!』の梅莉(メイリィ)


辮髪は、ストリートファイター ジェイミーのほか、マンガでは、ラーメンマン(キン肉マン)、ピゲ(北斗の拳)、桃白白(ドラゴンボール)
https://www.streetfighter.com/6/ja-jp/character/jamie/outfit

中国人の髪型は、辮髪や団子髪を連想する方も少なくない。

太極拳カンフーの動画(設定は中国の上海 フランス租界地であり、日中戦争や太平洋戦争中の時代)では、こぶのある団子ヘアスタイルの女性は見かけません。男性も辮髪(べんぱつ)を見かけません。

辮髪(べんぱつ)とは
辮髪とは清朝(1644~1912)における男性の髪型のことです



太極拳が中国の軍隊に採用されていたというのは、映画のなかの話ではないでしょうか。
エンターテイメントとして見れば、問題がないはずです。戦時中の日本人の姿が見られますが、いま現在は、全く異なることを理解してもらわなくてはなりません。

スケープゴート(贖罪のやぎ)

 魔女狩りやナチスドイツによるユダヤ人の虐殺などは、スケープゴート化の事例であると解釈されているが、いま、現在でもあるのではないだろうか。ジェノサイドgenocide)が行われてるとされているのは、中国において、新疆ウイグル自治区における新疆ウイグル自治区における中国当局によるウイグル人への抑圧 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a209040.htm
やイスラエルによるパレスチナへの攻撃等をあげるようだ。

 身近なところでは、学校でのいじめやフェイクニュースや爆サイ・2ch・5chなどの誹謗中傷も誰かをスケープゴート(いけにえ)にすることによって、秩序を保とうとしてるのではないでしょうか。
※スケープゴート [英] scapegoating
 そもそもは宗教上のいけにえとしての「贖罪のヤギ」という意味から転じて、ある社会において何かしら緊張やこんなが生じているときにそうした問題の原因であるとして、迫害、排除される特定の集団、個人のことを云う。時間が経って、冷静に分析されれば、その特定集団、個人は無実であることも多く、その場合んは、排除を行った社会のほうに根強い偏見があったことになる。とくに社会不安が高まっているときにある社会は、何者かをスケープゴートにすることによって、自らの集団の原則や規範を明確にし、統合を図っていくという側面がある。スケープゴートが宗教的な意味をしばしば帯びるのは、次の理由からである。第1にジラール.R.によれば、近代以前の社会では、社会や人間に内在する暴力性を制御するためにいけにえを捧げて殺すといった宗教的供犠を制度化したことがあった。第2にイエス・キリストといった宗教的存在は、人間の罪のために人間にいよって殺されたスケープゴートとして解釈されてきた。第3に異なる宗教、宗派同士の対立では、しばしば少数派の集団を過度に恐れて、その集団を抑圧、虐殺することが行われてきた。キリスト教文化圏における魔女狩り、そしてナチスドイツによるユダヤ人の虐殺などは、スケープゴート化による事例であるとも解釈できる。 ◎小池 靖
現代社会学事典 719頁
現代社会学事典 単行本 – 2012/12/3
大澤 真幸 (編集), 吉見 俊哉 (編集), 鷲田 清一 (編集), 見田 宗介 (その他)
https://amzn.to/3X5ZWTC

ストーリーテリング

 グーグル検索すると、最初に出てくるのが
 ストーリーテリング(storytelling)とは、直訳で「物語を話すこと」を意味しま す。 自分の主張に説得力を持たせたり、情報やメッセージを聞き手に印象づけたりする目的で、体験談やエピソード、既存の物語などの「ストーリー」を利用して伝える手法で す。2022/12/14
 
とありますが、いろんな場面で使われています。
1980年代、TBS系列で日曜の19:30~の番組のなかで、セイン・カミュさんが街中に出て、
毎回、違う内容の「〇〇ストーリー」を話してもらい、最後に「イングリッシュ・プリーズ」と云って、英語で話してもらおうというコーナーもあった。こもストーリーテリングと云えないか。

また、オタクがアキバ系のアイドルを推して、いづれセンターに立ってもらうなどのサクセスストーリーを描かせて、集客するというビジネスに使われている。

ステレオタイプは、馴染みのないかもしれないが、ストーリーテリングはよく使われている。
偏見が含まれていると問題となる。

ステレオタイプ

 専門書に書かれていることを理解するのは、困難かもしれません。既成概念、固定概念を解釈とすると誤ってしまうので、専門書から引用してきました。問題なのが疑似概念がメディアによって、もたらされることがある。
 ある国際政治学者は、『テレビは客観ではない。送り手による主観でしかない。受け手である視聴者は、知識の目で見なくてはならない』という主旨を述べています。
 星の王子さまの第21章に出てくるキツネがいうこと
「ぼくの秘密を教えてあげるよ。とっても簡単なことなんだ。ぼくたちは、心の目で見ない限り、何もはっきりと見えないんだ。一番大切なものは、見えないんだよ」

フランス語で読む星の王子さま (IBC対訳ライブラリー) ペーパーバック – 2012/5/26
日本語版 サン=テグジュペリ (著) https://amzn.to/3RCTMXJ
星の王子さま (新潮文庫) 文庫 – 2006/3/28
サン テグジュペリ (著), 河野 万里子 (翻訳) https://amzn.to/3yT0eTW

世論をつくっているのは誰?

 特にテレビを見るのは誰だろうか。モーニングショーやワイドショーまたは韓流ドラマやゴールデンタイムに放映されていた午後3時以降の再放送番組などは、対象となる視聴者は、奥さま方ではないだろうか。
 奥さま方に受け入れられる内容にすれば、視聴率は稼げますので、芸能人のゴシップ等が取り上げれるのも理解できます。
 世の奥さま方だけが、世論をつくっているわけではないですが、メディア関係者は対象とするのが世の奥さま方が多いのかもしれません。←そのように見ています。
 フェイクニュースは儲かるようだし、経済の専門家が言うには、テレビ局は財務省のポチとまでいっている。ザイム真理教信者が多いらしい。国に借金を増やさない方がよいとする財政緊縮ばかり支持するとまで言われてる。政府と日銀がひとつの統合政府の考えがないとも云われている。

 奥さま方の嗜好に合うように番組制作がなされているようだ。

 対象となる視聴者は、奥さま(主婦 or 主夫)ですから、対象外となる方はTV番組を観てもつまらないはずです。ネットは、玉石混交なので、どれが正しい情報なのかの判断が困難な場合は少なくありません。しかし、従来のメディアを見聞きするよりはましと判断しています。

タイトルとURLをコピーしました